今回は心と身体の健康をテーマに私が実際に出会った少女の成長と変化についてお伝えします。その成長と変化を知ることを通じてマインドフルネスとは何か?そして、どのような事でどのように変化が生まれ成長していくのかを「感じて」いただければ幸いです。

 

そして、マインドフルネスを知ることであなたの中の可能性も動き出すことでしょう。

 

 自閉症と診断された女の子の話

今から10年くらい前でした。私はその頃、市内のいくつかの場所で独自の武道「合気新道」(沖道ヨガと合気道をミックスしたもの)を指導しておりました。ある日、その教室の一つに、お母さんと小学3年生の女の子が見学に来ました。

 

お母さんは「この子は誰とも話さないのです。学校へは行っているのですが、誰の言うことも聞かないし、話もしません。色々なところに相談に行きましたが自閉症ではないかと言われております。何か身体を動かせば変わるかもしれないと思って見学に来ました。」

 

と言うので、「どうぞ、自由に見学をしてください。そして一緒にやってみたいと思ったら、ぜひ一緒にどうぞ」と言うと、お母さんと女の子は道場の隅に座わりました。

 

その道場には10人くらいの子供と大人が混じって一緒に稽古をしておりました。親子で一緒に身体を動かす稽古です。

 

身体づくりの稽古として、赤ちゃんハイハイ運動や芋虫ゴロゴロ運動などやります。赤ちゃんハイハイは骨盤と肩甲骨、脊髄を調整する運動です。芋虫ゴロゴロ運動も「体幹」と「体感」を強化する運動です。大人も子供も一緒に赤ちゃんの様になって運動をします。

 

お母さんも女の子も武道と聞いていたので、少し驚いた様です。私はお母さんに「遊んでいる様に見えるのですが、実際遊んでいます。この運動は赤ちゃんや幼児が自然と行う動きを思い出しているのです。」

 

私は女の子に「どう?やってみる?」と尋ねると女の子はウンと小さく頷きました。それを見たお母さんは少し驚いた様です。

 

「みんな、新しい子と一緒にやろう。ハイハイで競争だ。いいかな?」

 

女の子は他の子供たちと一緒にハイハイの競争をしました。その姿を見た時に私は確信しました。

この子は普通より運動能力が高く、そのエネルギーを内に押し殺している。この子の何が自分にフタをしているのかはわからないけれど、この子のエネルギーが輝く姿を見てみたいと思いました。

 

ハイハイ運動や芋虫ゴロゴロ運動を終えて、合気新道の技の稽古に入ると女の子はお母さんの隣に行き、再びジッと見ております。私もそのまま声を掛けずに稽古を続けました。その後一通り稽古が終わりましたので、お母さんに「こんな感じです」と言うと、お母さんは女の子に「どう?やってみる?」と聞きました。

 

女の子は小さく頷きました。

 

 

座っているだけの少女

女の子はハーフでお母さんと二人暮らしでした。お母さんはシングルマザーで働きながら一生懸命子育てをしております。稽古の時間になると、お母さんは女の子を道場へ連れてきます。お母さんも少し疲れた様子で、道場に連れてくると「お買い物に行ってくるから、また迎えにくるね」と女の子をおいて行きます。

 

稽古では生徒は並んで、挨拶をします。座礼と言います。そして、稽古の心得というものをみんなで唱和(しょうわ)します。

 

私は女の子に「一緒にどうぞ」というと女の子は下を向いて頭を横に振ります。私はそのままにして、稽古を進めます。

 

挨拶が終わり、体操をしてからハイハイ運動と芋虫ゴロゴロ運動やカゴメカゴメ運動を始めます。私は女の子に「一緒にやるかな?」と聞くと女の子は小さく頷きます。

 

そして、遊び運動が終わると道場の隅に座って指をしゃぶってジッとしております。そんなことを何ヶ月か続けました。私は女の子の心が開く「音」をずっと探しておりました。

 

 

赤ちゃんをあやす

ある日、生徒の親が生まれたばかりの赤ちゃんを道場に連れてきました。すると、女の子は眼を輝かせました。女の子は「先生!赤ちゃん見てもいい?」と数ヶ月無言だったフタを外したのです。

 

心が開いた「音」がしました。私は赤ちゃんを連れてきたお母さんに「この子に赤ちゃんを見させて頂いてもよろしいでしょうか?」と言うと、「どうぞ、ぞうぞ」と言うので、女の子に「お礼を言って見せてもらいなさい」というと女の子は眼を輝かせて「ハイ!」と言って赤ちゃんのお母さんに「ありがとうございます!」と言い、赤ちゃんの顔を覗き込みました。

 

すると、他の子供たちも「私も見たい!」「僕も見たい!」と集まります。そして、赤ちゃんのお兄ちゃんが、赤ちゃんの話をし出します。

 

その様子を見ていると、女の子が赤ちゃんを抱っこさせてもらい、赤ちゃんのお母さんやお兄ちゃんと楽しそうに話しているのです。

私はすかさず「よし、あと少し稽古したら早めに今日は稽古を終えて赤ちゃんと遊ぼう!」いうと生徒たちは皆稽古に戻ります。その稽古の輪の中に女の子もおりました。

 

下の子供の面倒を見る

私はこの子は自分より年下の子供の面倒をみるのが好きかもしれないと感じました。それならば道場では年下の面倒を見てもらおう。きっと、この子の何かが変わるだろう。そう思いました。

 

私の勘は大当たりでした。あっという間に子供たちのリーダーに変わってしまったのです。その女の子は心がとても繊細で優しく、けれどフィジカルに持ったエネルギーは他のどの子供より熱があり力強いものでした。心の特徴と身体の特徴が一致する「何か」が必要でした。その「何か」が年下の面倒を見るという母性だったかもしれません。

 

そのフィジカルにあるエネルギーと繊細で優しい感情がどこへ向かえば良いかが分からなかったのです。自分より年下の子供の面倒をみることが、その子のエネルギーが向かう先として動き出しました。

 

リーダーというよりも道場の女子番長という感じになるまで弾けました。そして、心のうちの様々な悩みや思いを少しづつ話してくれる様になりました。学校でも元気に話し、勉強もスポーツも励む様になって行きました。

 

 

目標を得る

やがて、中学生になりクラブ活動も始まりましたが、道場にも元気に通ってきます。ある日「先生!私、テニスの長崎県新人戦でベスト8に入りました!」というので「それはすごいなぁ!」では、合気新道でも茶帯を目指して稽古するか!」というと元気よく「ハイ!!」と言います。

 
そして、率先して道場の子供たちの先頭で稽古をする様になりました。

 

キャプテンになる

やがて、女の子はテニス部のキャプテンになり学校のリーダーになります。そして、高校の進学も自分の考えで希望校を選択し、人生を前に自分の足で歩みだしました。あの小さくて何もしゃべらない女の子だった彼女は立派な女性へ成長していきました。

 

人は自分の中にある本当の自分に出会うと「大きな力」を得ることができます。一番大切なことは「自分で決める」ことができるようになる事なのです。

 

彼女は自分の中の力に目覚め、その力を確認し、自信を持ったのです。その事でこれから先の人生も彼女は自分の意志を持って可能性へ向かって歩くことができるでしょう。

 

 

どんな人も無限の可能性を持っている。「アンネのバラ」

このバラはアンネの日記の父へ贈られたバラです。アンネは第二次世界大戦の戦時中にナチスによるユダヤ人の迫害で犠牲になった女の子です。

 

ドイツではヒトラーがユダヤ人を強制収容所へ入れて迫害しました。アンネの家族はドイツからオランダへ逃げて潜伏いたしました。アンネはオランダで家族と共に潜伏していた2年間で日記を書いておりました。その日記は1942612日アンネが13歳の時に父親から誕生日プレゼントとして贈られた日記帳で、誰とも話ができない、外へも出られない毎日の中で唯一の友達だったのです。

 

その2年後、家族全員がドイツナチスに捕らえられて強制収容所に送られ、アンネは15歳で収容所の中で亡くなります。戦後、家族で生き残ったのは父親だけでした。父親はアンネが書いた日記を出版して世界中がアンネを知ることになりました。

 

アンネの日記を読んで感動したバラ育種家のヒッポリテはアンネの父親へ「アンネのバラ」と名付けてバラを贈りました。写真バラがこの「アンネのバラ」です。ヒッポリテが品種改良したアンネのバラは咲き始めから散るまでに様々に色を変えます。アンネの父親は、「もしアンネが生きていたなら、このバラの様に様々な色を楽しませてくれただろうに」と言ったそうです。

 

今、アンネの日記と共にアンネのバラも平和を愛する人の手と思いで広がっております。

 

さて、もし病気になったら、その時に再び健康になったら、皆さんはどんな事をしたいですか?想像してみてください。もし、今悩み事があるなら、その悩みが消えたら何をしたいでしょうか?考えてみてください。

 

病気や心の不安と言うものは、本当の自分を外に表すメッセージでもあるのです。先に紹介した女の子も自分の中にある可能性を咲かせたいと膝を抱えて願っていたのです。

 

その可能性に気づく方法は自分の身体や心をしっかり知ることなのです。やりたいと思うことや、ありたい自分に誰でもなれます。では、なぜなれないのでしょうか?それはこんな事は意味がないとか、これをしなければならないとか、様々な条件や価値観があなたの可能性を閉じ込めております。

 

アンナは隠れて暮らす2年間でも、たった1人の友人である日記帳に語り掛けました。今、もし身体や心が不自由なら、そこからいつでもあなたは羽ばたくことができます。どんなことでも、興味があったことや、やってみたいと思うことを探してください。

 

その小さな可能性はやがて無限の力を与えてくれます。心と身体は別々なものではありません。全く同じなのです。心が身体を観察し、身体で心の声を聴く、すると必ず可能性の芽が硬い固定概念や価値観を突き破ります。

 

 

まとめ

 

心が自分の身体を観察することとはマインドフルネスの原点であり原理です。そして、心の本音を知っているのは自分の身体です。心と身体を対話させることで、「心と身体はもともと同じもの」であることでに気づくでしょう。その瞬間から運命が可能性へ委ねられるのです。

 

「自分を観る」とは「自分の不自由を知る」ことです。不自由だから自由を求めます。自由でありたいと思えば変わり出します。病気や身体の不調、心の不安や悩みは、その反対側にある本当の自分への入り口です。

 

病気や不調、心の不安をしっかり観察して、それが治るならと条件をつけるのではなく、「本当は何をしたいのか?何ができるのか?」そこを観るのです。

自分で踏み出す未来は今、ここにあります。まずは座って心と身体を一つにしましょう。


※本記事の内容は、執筆当時の学術論文などの情報から暫定的に解釈したものであり、特定の事実や効果を保証するものではありません。