アニメ「鬼滅の刃」の全集中とは何か?

今話題のアニメ「鬼滅の刃」で2020年の流行語にもなりそうな全集中とは何でしょうか?

 

アニメでは「肺を大きくして、血中に大量の空気を取り込こませることで、身体の隅々の細胞まで酸素を送り込み、身体能力を格段に引き上げる」とされています。実は血中酸素濃度を上げても体力は上がりません。筋肉がエネルギーを求めた時に酸素が必要とされるからです。たとえば、健常者が高濃度の酸素を吸うと酸素中毒という、咳・胸痛・肺の硬化などが起こるとされております。

 

また、肺が大きくなっても取り込む空気中の酸素は21%で変化はありません。唯一、気圧の変化で摂取(せっしゅ/体内に取り込む)濃度が変わります。いずれにしても、肺を大きくしても酸素を体内に多く送り込むことにはなりませんし、血中酸素を上げても身体が求めなければ、体力は上がりません。逆に酸素中毒を起こすことになります。

 

まぁこれは、アニメの話ですから片目をつぶるとして、武術やヨガ、座禅では呼吸を大切にしますが、それは何故かを説明いたしましょう。その前に鬼滅の刃で鬼が出てきますが「鬼」とは何か?をお話ししておきます。

 

 

鬼とは何か? 般若

上のイラストは「能の般若」です。鬼とは何でしょうか?鬼はあなたの中にも住んでいます。能面の般若(はんにゃ)とは古代インドのパーリー語でパンニャーという言葉から来ています。古代インド仏教で「真実を見極める知恵」という意味です。

 

鬼と化した人間を般若の知恵で導くストーリーが日本の「能舞台」で演じられているのです。まさしく、「鬼滅のストーリー」が数百年間も能舞台で演じられています。

 

さて、鬼が何かを説明するために、ユニークについて考えていきます。人間に限らずこの世に存在する全てはユニークな存在です。ユニークとは英語の「unique」、つまり独特という意味です。この世界に全く同じものは存在するでしょうか?時、場所、形、色が全く同じ存在はありません。

 

つまり、あなたもユニークなのでたとえば、このユニークさを親がほめて育てたとします。するとユニークは才能になります。

 

ところが、逆にそのユニークさを親が責めて育てたとします。ユニークはコンプレックス(劣等感)に変わりますコンプレックスはやがて親を責めるでしょう。自分も責めます。憎しみや恨み、妬みの素となるのです。ユニークという自分の存在を否定されるわけですから、その否定が強ければ強いだけ憎しみや恨み妬みを強くなります。つまり「コンプレックス(劣等感)の最大化が鬼の正体」です。

 

鬼という文字に雲の下の部分をつけると魂になります。鬼が恨みや憎しみを浄化して天に旅立った姿が魂ですね。では、どうしたら恨みや憎しみなどのコンプレックスが浄化されるのでしょうか?

 

その秘密が般若」=「真実を見極める知恵の力」、つまり「理性」なのです。理性に関しては詳しくは「脳と身体をコネクトするトータルマインドフルネス①ストレスケア編」もご参照ください。

 

ポイント1 鬼とはコンプレックス(劣等感)が最大化した存在、これを解決する力が般若=真実を見極める力=理性=マインドフルネス

 

 

リミッターを外す「鬼の力」と「全集中の力」の違い

 

人体には「リミッター」がついております。リミッターとは、ある程度以上のパワーを制御するシステムです。たとえば、公道を走る車にもリミッターがついております。レース場と違って一定以上のスピードもパワーも必要がないからです。

 

また、一定以上のパワーを公道で出すことは危険でもあるからです。同じ様に人体や動物の身体には、おかれた環境内で不必要なパワーはリミッターで制御されております。

 

けれど、スポーツ競技などでは成績を上げるためにいかにリミッターを外すかというトレーニングをいたします。その結果、スポーツ選手ほど怪我や故障が多い理由も生物的に無理をするからなのです。

 

さて、鬼滅の刃で登場する鬼の力はリミッターを外して超人的な能力を発揮しますが、「憎しみ、恨み、妬み」という我が身と自分のおかれた環境を「呪う力=コンプレックスを最大化」した状態が鬼の力を表現したものでしょう。鬼の力は「破壊的衝動」とも言えます。その破壊的衝動を使えば使うほど、我が身を破壊し周囲を破壊して行くのです。それに対する力はただ一つです。調和と愛の力です。この「調和と愛の力」こそが、本当の全集中の呼吸なのです。

 

ポイント2 鬼の力はコンプレックスを最大化した力だから、自分に他者も最終的に破壊してしまう。

 

全集中の呼吸とは

禅「全集中」なのです。禅とは古代インド仏教では dhyāna(ディヤーナ)と言われ、やがてインドから中国、日本へ伝わる中で変化して「ゼンナ」と発音したことら始まります。そこに漢字を当てはめて「禅那」と書き、やがて「禅」となりました。

 

では、 dhyāna(ディヤーナ)とはどの様な意味かというと、「精神を統一して集中させる」という意味なのです。つまり、雑念を払って冷静で客観的な視野を得るということです。そのことで、「般若」=「真実を見極める知恵の力」、つまり「理性」の力を得ます。その精神を統一して集中するための呼吸が「全集中の呼吸」とも言えるでしょう。ここで、多くの方が間違った「集中」についてのイメージを持っておりますので、少し説明をいたします。

 

たとえば、子供の頃に「ゲームばっかりして勉強に集中しなさい」と言われた事はありませんか?また、仕事中に他の事を考えていて「仕事に集中しなさい」と言われた事はありませんか?そのイメージから「今やるべき事以外に心を奪われない事=雑念を払う」を集中することというイメージがあること思います。

 

実は集中していないわけではなく、勉強よりゲームが面白いからゲームに集中している状態、仕事より彼氏や彼女のことが気になって、そちらに集中しているに過ぎないのです。誰でも好きな事には集中できます。その集中を妨げて他のことに意識を向けなさいと言われても中々出来ませんよね。

 

勉強や仕事が大好きなら、そこに集中は必ず生まれます。ところが、学校では受験勉強、仕事では社員が仕事に集中できる様に、雑念を払ってくださいと座禅を組ませたり、瞑想をさせたりすることがあります。

 

これは根本的に間違っているのです。「好きなことに集中すること」も「好きでもない事に集中させること」も実は仏教ではこれを「執着」と呼びます。

 

禅や瞑想で得られる力は「あらゆる物事に対する固定概念や執着心」を離れて客観的に捉(とら)える力です。

 

禅や瞑想で得られる集中とは「とらわれない自由な心です」それは何者にも強いられない、何者も強いない、自立した心身を得た自由な心です。つまり客観性を得ることで、それを引き出すのが「全集中の呼吸」です。

 

この自己責任による自由とは何か?次にお話を進めながら説明をさせていただきます。

 

ポイント3 「全集中の呼吸」とは、固定概念に囚われない自由な力を引き出す呼吸法

 

 

日本剣法は剣禅一如

日本の剣道は武術として独特の道を選びました。アニメや映画などでは日本刀は万能でよく斬れる武器だと思われておりますが、戦国時代でも日本刀は武器としてはあまり役に立ってはおりません。

 

むしろ、槍(やり)や長刀(なぎなた)、弓矢が主力でした。しかし、武士は常に日本刀を心の拠り所(よりどころ)にして来ました。江戸時代に入って武士は日本刀を武士の魂という様になりました。

 

つまり、日本刀は武士の精神的シンボルであり、日本刀を扱う剣術は殺傷の技としてではなく、心を磨く方法として「道」と表現しました。当時の日本を支える政治、経済、学問を束ねた武士の精神的支柱が「日本刀」であり剣道だったのです。

 

この剣道の理念は「禅」によって進化して行きました。多くの剣の達人は「禅」を学びました。国を守り、民を守るための政治や経済、時には戦もありました。「禅」から得た客観的な精神で「公正な生き方」を求め剣道として表現したのです。そして、剣と禅は一如(いちにょ/一体)であるという処(ところ)に行き着いたのが日本の武士道であり剣道でした。

 

生きること、死ぬことを剣に託して、生きることとは何かを求める道が剣道であり、その問いを禅によって生と死の矛盾を超えて、生きることの意味を求めたのです。自分が生きるために相手を殺すという生命の矛盾に常に直面して考えること。

 

生きるとは何か?生きるがゆえに背負う苦しみをどの様に解決できるのか?殺人用に作られた武器を眺めて生きることを考える。それが日本の剣道です。そして自分の人生の目的を見出し、その目的を「使命」に変えることが「剣禅一如」の力です。この生き方は実は現代に生きる私たちや皆さんにもつながるのです。自分の「人生の目的」を知ることが出来、そして人生の目的である「使命」を手に入れた時、「本当の集中力」が生まれるのです

 

途切れることなく、人生の目的そのものがあなたのやるべき「今」であるなら、誰に強いられることなく、自分自身の生命を燃焼することができるでしょう。その「核」を得られるならば、他の事はそれに付随する構成要素に過ぎません。この「核」こそが、鬼が転じた「魂」なのです。では、人生の目的と使命はどの様にしたら発見できるでしょうか。話をさらに進めましょう。

 

ポイント4 「全集中の呼吸」で得られる力は自己の生命が持つ使命を目覚めさせる。生命の使命はあらゆる困難を力に変える最上級の「全集中」

 

水の呼吸と火の呼吸「火水でカミ」の呼吸

禅の呼吸は「客観的な自己を呼び覚(さ)ます呼吸」です。感情は意思ではコントロールは難しいものです。たとえば、素晴らしい哲学者や物理学者が虫歯になって歯が傷んだとします。どんなに素晴らしい知識や考え方があっても虫歯の痛みで気分は下がるものです。中にはイライラして八つ当たりする人もいるでしょう。虫歯一本で人は変わるのです。

 

たとえば、事業が成功して素晴らしい経営者と評価される人がいたとします。そして、周囲の人も素晴らしい成功者としてその人の人格を讃えます。本人もなんでも自分はできると自信を持ちます。ところが、一夜明けたら「株価」が暴落して借金だけが残ったとします。するとその人は心が落ち込みます。素晴らしい経営者で人格者と言った人々がその人を蔑み(さげすみ)ます。その人の感情は乱れて激しく周りを非難するか、我が身を呪うでしょう。

 

この様に如何(いか)に理屈や理論、知識があっても状況の変化や体調の崩れで感情は制御できなくなるのです。

 

しかし、喜怒哀楽の感情を静かにしなければ、物事を正確に受け止めて環境や状況に対応する理性を働かせることも行動を起こすこともできません。では、感情を司(つかさど)っている「私」とは何でしょうか?それはパターン化した思考(固定概念)とそのパターンで生理的な働きを促す自律神経のアルゴリズムです。アルゴリズムとは、組み合わせパターンということです。

 

この場面では涙が出る。この状況では興奮する。この環境では緊張するという過去の記憶と生理現象のパターンの組み合わせが感情を司っている「私」の正体です。このアルゴリズムは自律神経の許容範囲の中で機能します。自律神経の許容範囲を超えると身体に支障が出たり、感情を制御できずに暴走をさせてしまうことがあります。つまり躁鬱(そううつ)現象が起こります。

 

逆に言えば、自律神経が乱れた状態や許容範囲が狭くなると、環境や状況の変化に心身が対応できなくなるということです。つまり「鬼」に支配された状況になります。そこで、まず自律神経の許容範囲を整えようということが「禅」の根本的な考え方です。自律神経の許容範囲とは交感神経と副交感神経の働きの幅を広げるということです。

 

交換神経は興奮系の神経です。走ったり、歩いたりして心臓の鼓動を上げ、手足を動かす筋肉に血液を優先的に送り、血圧を上げるアクティブな行動を交感神経がコントロールします。副交感神経は心臓の鼓動を鎮静化(ちんせいか)し、内臓に優先的に血液を送り、血管を拡張させて血圧を降下させます。このアクティブと鎮静(ちんせい)の両方の幅を広げて、環境や状況の変化に柔軟に対応する自律神経のホメオスタシス(homeostasis/恒常性/一定の状態を保ち)力を向上させる呼吸法が禅の呼吸=全集中の呼吸=火と水の呼吸です。

 

火の呼吸とは交感神経を引き上げます。水の呼吸とは副交感神経の働きを向上安定させます。この2つの呼吸を同時に行うことで、身体は活動的で精神は冷静沈着な状態をつくりだすのです。

 

ポイント5 思考が感情に支配された状態が鬼、感情は論理性や知識では制御出来ない。感情は自律神経の許容範囲を広げることで安定できる。自律神経を安定させるものが、禅の呼吸法

 

具体的には、交感神経を引き上げるには血中酸素濃度が下がったと脳に認識させることで、脳が今はアクティブだと認識して交感神経が身体全体にアクティブモーションの指令を出します。

 

どの様に行うかというと、ヨガでいうクンバカという方法です。クンバカは色々な方法がありますが、簡単にいうと「呼吸を止める」ということをします。呼吸を止めると血中酸素濃度が下がります。脳は走ったり、歩いたり、アクティブな行動をしていると認識しますので、交感神経が各所へ今はアクティブな働きをしなさいと指令を出します。

 

次は息を吐くときにゆっくり長く吐きます。長くゆっくり吐く理由は腹式呼吸に切り換えるためです。腹式呼吸は横隔膜の運動ですから、アクティブから鎮静化へ切り替えよるタイミングだと認識して副交感神経を起動させます。副交感神経は身体の各所に鎮静化しなさいと指令を送ります。

※脳と身体をコネクトするトータルマインドフルネスストレスケア編を参照。

つまり、

  • 息を吸う
  • 止める(1〜2秒で良い)=交感神経を引き上げる
  • ゆっくり吐く(ゆっくり長く吐く時は腹式呼吸が働きます)=副交感神経を引き上げる


これを繰り返すだけです。細かな方法がありますが、これは後にしっかり書かせていただきますが、まずは原理を理解してください。このことで自律神経のキャパシティーが広がり環境への適応性が柔軟になるため、身体や感情が安定します。感情も平坦になるのではなく、喜怒哀楽が豊でありつつ程度を外さないハートフルさを持つことができる様になります。このハートフルな状態に至って初めて、マインドフルネスとして理性をしっかり働かせる土壌ができるのです。

 

悲しいことがあれば大いに泣き、楽しいことでは大いに笑う、時には怒り、親しみを込めて大いに愛する感情豊かな身体という土にこそ、理性という智恵が実ります。

 

ポイント6 感情をコントロールするのではなく、自律神経のキャパが広がれば放置しても安定している。つまり、囚われない自由な心を得る。=全呼吸=水の呼吸と火の呼吸

 

鬼が転じて愛に至る活人剣とは

鬼とは個性を否定されたときに、生じる感情です。全ての存在はユニークですから、個性を否定されれば生きていること自体を否定されている様なものです。しかし、そのユニークを肯定してくれる人と出会うとその人は才能に目覚めます。さて、個性=ユニークが長所か短所か?それは自分で選択することが出来ます。それを気づかせてくれるのも「全集中の呼吸」です。

 

世界で唯一無二の自己 

「全集中の呼吸」とは自律神経のキャパシティーを広げる呼吸でした。この自律神経は地球上に生命が誕生してからずっと機能しているホメオスタシス(homeostasis/恒常性/一定の状態を保ち)そのものです。

 

つまり、私たちのDNAを通じて肉体として与えられている自律神経は地球という一個の生命体とつながっているのです。

 

この自律神経に意思が働きかけて調整する方法が「呼吸」です。呼吸は自律神経という潜在意識(せんざいいしき)に顕在意識(けんざいいしき)がアプローチできるOS(Operation System)です。このことは、「脳と身体をコネクトするトータルマインドフルネス①ストレスケア編をご参照ください。」

 

つまり、私たちは呼吸を意識することで、地球意識にアクセスできるということです。しっかり呼吸を通じて自律神経にアクセスすると地球上の全ての生命環境とアクセスする自分を発見できるでしょう。そのことで、きっとあなたは気づくでしょう。ユニークは地球が生み出した地球の意思であり、そのユニークそのものに「人生のテーマ」があるということに気づくでしょう。

 

息を吸って、止めて、ゆっくり吐く、繰り返してください。全ての存在は「世界で唯一無二の自己」として地球につながっているのです。

 

ポイント7 呼吸によって自律神経のキャパが広がり安定する「地球」という生命の原点にダイレクトに繋がり、自分の存在を全肯定してくれる地球の愛に気づく

 

 

ジンテーゼに宿る智恵 

ユニークさは必ずしも肯定されるわけではありません。しかし、肯定されようが否定されようがユニークであることに変わりません。世界で唯一無二の存在であることに意味があります。それが人生のテーマでもあるのです。前提として、ここにユニークな存在として「在る」ことを地球が認めています。もっと言えば宇宙が認めている存在が「あなた」であり私です。この大前提をテーゼ(肯定)とします。

 

けれど、この世界は相対世界です。相対とは、たとえばあなたの体重が60キロとします。それは太っていますか?痩せていますか?何かと比べて太っているとか、痩せていることかが決まります。比べることを相対と言います。ですから、あなたも何かに比べたときに良いとか悪いとか優れているとか、劣っているとかが決まります。この何かと比べる相対は存在の全肯定であることに対するアンチテーゼ(否定)です。

 

アンチテーゼは良いとか悪いということではなく、絶対に対する相対という意味としての否定なのです。

 

少しわかりづらいかもしれませんが、要するにあなたが存在する限り、誰かが、何かが必ず「否定し得る」ことがあるということです。この否定を否定で押し返そうとすることが憎しみであり、妬みであり、否定をそのまま受け入れると自己否定になります。これが「鬼」です。

 

まず、地球とアクセスすることで唯一無二の自分の存在に確認した上で、相対的な世界で否定する何かと出会うたびに、否定に対して課題と受け止めること、これをジンテーゼと言います。

 

否定を課題に変えて、新たなユニーク性を想像する。独創性によるクリエイティブがあなたの人生の大きなテーマに変わります。つまり、敵対する否定すら課題として受け止めるポジティブな存在が本当の唯一無二のあなたであり、私です。

 

同時に世界を見渡すとユニークな存在ばかりであることに気づくでしょう。すると、あらゆる存在との関わりの中でジンテーゼを発見して行くでしょう。ジンテーゼとは、あらゆる矛盾を高次元で統合する力です。これを愛と言います。したがって、憎しみさえ愛に変える力を全ての存在は与えられております。

 

全ての始まりはあなたがユニーク(特別)であることです。

 

ポイント8 自分を絶対的に肯定してくれる生命の根源と結びあらゆる否定を乗り越えて超越する力を得る。=「愛」=自己の中に住む鬼(コンプレックス)他者の鬼さえも浄化する力

 

まとめ

コンプレックスという鬼とは誰の心にも住んでいます。鬼は自分が何者かを知らない存在です。自分が何者であるか。人生にどんな意味があるのか。どんな使命が託されているのか。それは自分の身体を活かしている生命の根源につながりことで感じることが出来ます。

 

それが呼吸法の大きな意味です。呼吸を通じて自律神経のキャパシティーを広げて行くと地球とのパイプが太くなります。このパイプが太くなると地球環境との情報量は増えるのです。

 

この地球環境とあなたの生命の情報交流が増えると、あなたの個性であるユニークが特別な存在であると必ず知ることが出来ます。同時に全ての存在がユニークであり特別な存在だと知るでしょう。

 

このことが全集中=全肯定=生命のポジティブな働き=愛というジンテーゼなのです。


※本記事の内容は、執筆当時の学術論文などの情報から暫定的に解釈したものであり、特定の事実や効果を保証するものではありません。