12,000年前の壁画がコロンビア南東部に位置するアマゾンの熱帯雨林で発見され、2017年からイギリスとコロンビアの合同研究チームが調査をはじめております。この壁画は全長約13kmに及ぶ岩肌に描かれており、おそらく何世代にも及ぶ作画であろうとされております。

 

また、最古の壁画と言われるインドネシアのスラウェシ島の洞窟には43,900年前に描かれたそうです。

 

人類は古くから絵を描いております。やがて絵は文字へ変化して行き、情報を伝える手段となりました。物事の事実を抽出して仲間と共有する事の始まりは絵を描くことや、言葉、音楽などの行為と共に始まり、進化し続けて来ました。

 

今、私たちは動画などの映像を、インターネットを通じて共有する事ができます。そしてアートは音楽や映画、絵画、小説、詩など事実を伝えるという手段を超えて、イマジネーションやビジョンを共感するまでに至っております。

 

芸術は人間の知性を代表する営みです。このことについて今回は考えて行きましょう。

 

 

芸術とは物事の真理を抽出する行為

私たち人間が地球上において他の生物と異なる点は、物事を抽象化する能力を持っていることでしょう。抽象化とは物事の重要なことを抜き出すことですが、「何が重要な事か」は人によって異なります。けれど、「何かを誰かに伝える」時に共通の認識を保つ事ができる情報を抜き出す意味では抽象化とは、普遍的な共通事項を抽出する事とも言えるでしょう。

 

たとえば、文字は物事を伝える抽象化されたものです。赤という文字から多くの人は共通したイメージを持ちます。実際には赤という色は無数にありますが、とりあえずの赤を人は認識する事ができます。

 

そこで、メールで送られてきた赤はどんな赤?と返信するとします。するとリンゴの赤とか、夕焼けの赤というように更に曖昧な返事が返って来るので、それでは分からないと返事を送れば、今度は「M100とY100」ですと返信が来ます。これは印刷の指定で金赤という色になります。

 

抽象化とはとても曖昧でもあるので、時にはもっと具体的に話して欲しいという事があります。では具体的にという事で説明し出すと文章や言葉が多くなります。すると、いや、もっと短く説明して欲しいということなります。

 

つまり、この場合は伝える方も受け取る方も物事の共通概念としての抽象化を使いこなしていないことになります。

 

文字だけだとニュアンスが伝わらないので最近ではメールでは絵文字などで感情を伝えたりします。動画や画像、音声も伝えられる時代でも人間は文字や絵文字を使って抽象化を試みます。

 

これは人間の意識は経験や体験に基づく「感情」によって判断の多くを行っているとも言えるでしょう。
抽象化とは五感で感じる生物的な感覚が背景にあります。

つまり、五感に伝わらないことは共有する事ができないという事です。
言い換えれば、独自の体験を「共感までに高める抽象化」は真理を求める行為であるとも言えるでしょう。真理とは普遍なるもの、変わらないもの、全ての存在が認識できることだと仮定します。では、それはどこにあるのでしょうか?

 

唯一真理と言えるものはこの宇宙全体という無限の世界かもしれません。私たちは五感を通じて宇宙の一部を感じ取り、万物の共通して変わらない真実を探求する存在であるのです。

 

その普遍性を求めて真実の一端を表現しようという抽象化思考が芸術であると言えるでしょう。その様な意味から広い意味では哲学、科学も芸術活動であると言えます。

 

そして、抽象化されたものしか人間の脳は認識する事ができません。私たちは目の前にある事実ではなく、抽象化された物事を認識しているに過ぎません。逆に言えば、自分という意識は脳が自分という人格を抽象化しているのです。

 

つまり自分という存在、今見えている世界は全て抽象化されて認識している最高の芸術とも言えるでしょう。

 

ポイント1 人間は抽象化したものしか認識できない。自分という存在も脳が抽象化した存在。抽象化した認識は五感に伝わらないことは共有する事ができない。脳は五感を通じて抽象化する事で宇宙の普遍性を探求する存在である。

 

道具は全て芸術から生まれた?

人間は認識している世界から更に抽出して、汎用性(はんようせい)を持たせる事ができます。汎用性とは共通の認識として抽象化されたものを使用したり、利用する事です。文字や言葉、数学の方程式、物理、化学もそうですが身近の存在としては道具です。

 

たとえば、丸いものは転がる性質があると抽象化されると「車輪」という汎用性を持った道具が生まれます。

 

道具は五感によって認識している世界を抽象化する事で生み出されたものですので、人間は道具に機能性だけではなく五感に訴えるデザイン性も求めます。洋服や靴、時計、パソコン、自動車などにも機能性だけではなくデザインとして感覚の好む価値を付加させます。つまり、道具は芸術でもあるのです。

 

日本では古来から道具を芸術品として親しんでまいりました。たとえば、茶道の道具は機能だけではなく、道具自体に込められた茶道の感性が込められております。

 

私たちの意識もこの宇宙と芸術活動によってコネクト(接続)しております。誰かとつながることも、何かを行うことも、みな芸術活動なのです。そして、更によりよく誰かとつながりたい、より良い結果を導き出す何かを行いたいと思ったら芸術的センスを高める事が大切です。

 

物事の普遍性を求めて真実の一端を捉えたいと心に思う事が万物との接続を強め、そしてより良い関係を描き出します。そのためにどの様にすれば良いかを古(いにしえ)から多くの芸術家や哲学者、宗教家、科学者は伝えております。それを知る事が学問の大切さでもあるのです。

 

さて、具体的な芸術的センスを高めるトレーニング方法をお伝えいたします。

 

ポイント2 物事の普遍性を抽出しようとする抽象化は五感によってのみ共通概念として表現される。共通概念に汎用性を持たせる事で人間は様々な道具を生み出した。したがって全ての道具は五感に訴えかける魅力を持っている芸術作品なのです。

 

 

クリエイティブトレーニング 空は何色

芸術的センスを高めるトレーニングはそのままマインドフルネス のトレーニングなのです。心が何かに囚われる事なく、今をありのままに見ようとする事で物事の本質を浮かび上がらせます。

 

たとえば、空の絵を描こうとします。空の色は何色でしょうか?空は常に色や雲の形などを変えます。つまり、空は一瞬たりとも同じ色を表しません。私たちは空の絵を描くときはその一瞬を切り取ります。しかし、その一瞬だけを描いているのではなく、空をみている自分の心を描いているのです。無限に変化する空と今ここにある自分との接点の中に永遠を見出そうとする事が芸術なのです。

 

一瞬の中の無限というとわかりづらいかもしれませんね。今、あなたが感じている空に最も心を惹かれる美を描くと言えば伝わるでしょうか?

 

美とは人間が感じる感覚の中で最もバランスが取れているものです。美しいものを見ると心が落ち着きます。安定し満たされます。つまり、物事の中で最も美しい姿を見つける事が芸術的センスを高める事であり、意識と世界との繋がりを強くする事なのです。

 

絵ではなくても、音楽でも、写真でも良いでしょう。スマホのカメラでも良いです。日常の中で最も美しく感じるものを探す、見つけ、それを誰かと共有したいと思う事とそれを表す事で、心が世界とつながりと強めるでしょう。

 

ポイント3 存在の中にある美を探すことは、その存在と自分自身との関係においてバランスと求める事です。つまり、美とはバランスの探求であり、バランスを求める事で対象となる存在とのつながりが強まります。世界の美を求めれば世界と自分は強く結ばれます。

守破離

日本の芸道には「守、破、離」という言葉があります。この元になっている言葉は日本茶道の開祖とも言われる千利休の言葉を書き表した利休道歌にある、「規矩作法 り尽くしてるともるるとても本を忘るな」によるとされております。

 

「守」とは師匠の教えを守る事です。師の手本を元に型を真似る事から稽古が始まります。

 

「破」とは型を自分にあった様にアレンジして身につけよという事です。

 

「離」とは、最終的に独自の型を生み出せという事です。

 

この守破離を別な言葉に置き換えてみましょう。

「守」を原理原則、「破」を応用、「離」は活用とすれば千利休が言う「本を忘るな」が見えてきます。

 

物事を五感によって感じ、抽象化することは言い換えれば「原理原則」を見抜くと言う事です。その「原理原則」を「応用」する事で言葉や文字、科学や哲学、道具が生まれます。そして、それらを世の中で「活用」する事で汎用性が検証されるのです。

 

つまり、活用することによって「原理原則」が果たして正しかったかと試されるので千利休「本を忘るな」の言葉通り「本」=「原理原則」に立ち返ると言うことです。

 

私たちの日常で認識している世界は自己が抽象化した世界です。この世界から更に原理原則を見出して、それらを応用して何かを生み出す、たとえば道具や言葉や哲学、絵画や音楽や映画などです。そしてその産み出した物や事を世の中で活用する事で普遍性を問い続けます。

 

この守、破、離を通じて人はより深く世界を理解し、自己を高めて行きます。自分を取り囲む世界と更に深く大きくつながりを持つのです。

 

ポイント4 物事の原理を発見したら、それを応用した何かを作り、あるいは表現して多くの人のために活用する。その事で汎用性が試され、原理が正しいか検証されます。

 

 

共通意識

この守、破、離を通じて人はより深く世界を理解し、自己を高めて行くことで自分を取り囲む世界と更に深く大きくつながりを持つ事が芸術活動ですが、優れた芸術や哲学は時代や国を超えて共感を得る事があります。

 

その様な時代や国を超えて共感を得た芸術を出来るだけ多く感じましょう。それはそれらの芸術の背後にある人間の集合的無意識を垣間見る事ができるからです。

 

集合的無意識とは、心理学者のカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 – 1961年6月6日)が定義した概念ですが、人間の深層心理には人類共通の意識と呼べる元型が存在していて、それがあるので人間同士はお互いを理解しあえると説明しております。

 

ユングは様々な精神病患者の妄想や幻覚、夢などに共通の形がいくつか存在しており、そのことから各人格の最も深いところで共通の無意識が働いていると定義したのです。

 

つまり、時代や国を超えて多くの人の心に働きかける芸術は集合的無意識が表層意識へ浮かび上がったものでもあると言えます。

 

また、時代や世界が歪んでしまったり、不調和を起こすと集合的無意識が修正運動を起こす事で、表層意識に現れて新しい哲学や宗教、芸術、理論などが生み出されると言われております。この場合は誰か1人にではなく、世界中のあちこちで直接の因果関係に関わらず同時に起こる事があります。これをユングはシンクロニシティ(共時性)と呼んでいます。

 

科学的根拠を探ることは難しいとも言われておりますが、一方でマーケティングでは大凡の傾向を読む事ができますが、必ずしもヒット商品を生み出すとは限らないと言う事があります。

 

突然に全く予想外の事がヒット商品になったり、流行になることはよくある事です。これは集合的無意識によるものと結論付けるわけには行きませんが、何らかのシンクロニシティが生じていることも考えられるでしょう。

 

私たちは自らの芸術的活動を行うとともに、優れた芸術作品や哲学、理論に積極的に触れる事で自らの生命の源泉につながるのです。その事で生命力がよりクリエイティブに働き出し、生きがいを持って世の中に使命を果たそうと活力を得る事ができるでしょう。

 

ポイント5 人間の深層心理は共通の意識につながっている。普遍的な物事に関してお互いに共感しあえる基盤が集合的無意識だとユングは説明している。また、共通的無意識に不都合なことや支障が起こると、それを修正するために集合的無意識が表層に働きかけて、新しい価値観を持った芸術や哲学、科学が同時期に多く世の中に生み出されるとも説明している。



感情を共鳴させる芸術

 

五感を通じて認識される世界は感情に働きかけます。喜怒哀楽は感覚によって変化をいたします。音楽は音の世界ですが音域によって人の感情に変化を与えます。たとえば、Relookのアプリにもあるソルフェジオ周波数は感情を安定させると言われており、実際に聴くと心が安らかに感じます。

 

逆にロックンロールは心を興奮させますし、悲しみや喜び、深い愛情など様々な感情を音楽は導く力があります。

 

それらは音楽だけではあく、絵画や写真、風景などでも同じ様に感情に働きかけます。香りも同じです。アロマなども香りが感情に働きかけ、自律神経を調整するとも言われております。味覚も料理として、触覚もマッサージやスキンシップとして、五感は常に感情に働きかけます。

 

この感情を統合するものが芸術です。音の配列は音楽として様々な感情のストーリーを奏でる人、聴く人の心に描きます。絵画も料理もみな感情を統合して人格に訴えかけます。

 

物事の真理を探求した芸術は、人の感情に働きかけ集合的無意識を通じて社会全体の人格を描き出します。これは革命の本当の意味でしょう。

 

ポイント6 真理を探求した芸術は集合的無意識を通じて社会全体の人格を描き出し、社会に変革がもたらされる。その変革は集合的無意識が求める世界でもある。

 

まとめ

 

芸術は趣味の遊びではなく、私たちの生命が持つ人間の根源的活動であり、言い換えれば全ての人間の営みは芸術活動であるとも言えます。その芸術活動も様々であるけれど、より普遍的な探究により生み出されるものを汎用性として役立てる事で検証し、更に探求することで集合的意識に接続され、シンクロニシティを持って世界を変革します。

 

これはパソコンなどのO Sがバージョンアップされることと似ている。現在、私たちは地球規模の多くの問題を抱えておりますが、真理を探求し、多くの世に還元しようとする経済を含めた芸術的活動が、世界をより良い形に変革を及ぼすでしょう。

 

必要なことは量ではなく「深さ」などのです。