※この記事は、2021年3月27日(月)にClubhouseで行われた対談を記事にしたものです。この記事はClubhouseで参加してくださった方々から事前に許可を得て作成しております。読みやすいよう、一部改変しております。あらかじめご了承ください。
川野先生との公開対談の記事は前編・後編の2部に分かれています。後編をご覧にいなりたい方はこちらをご覧ください。
川野先生、今日は対談を引き受けてくださりありがとうございます。
今日は、瞑想が川野先生や周囲の人物にどのように影響をもたらしたのか、「禅僧」と「医師」という異なる2つの立場から具体的なお話を聞いていければと思っています。
まず初めに、簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
ありがとうございます。
禅僧で精神科医をしている川野と申します。横浜市の林香寺というお寺に一人息子として生まれました。
今日はどうぞよろしくお願いいたします。
目次
川野先生とマインドフルネス
患者様との向き合い方に、坐禅が生きると直感
川野先生が瞑想やマインドフルネスに対して興味を持ち始めたきっかけは何だったんでしょうか?
2005年頃に私は医師になり、徐々に日本に導入されていた認知療法などを勉強し、精神科医として6年間活動しました。その後、2011年に診療をやめ、鎌倉の大本山建長寺で修行させていただいたのち、2014年の秋に診療を再開しました。
精神科医に戻り、感覚を取り戻していく過程で、以前より患者の方に意識を向けて共感できるようになった自分に気がつきました。修行中はずっと坐禅や托鉢、作務に専念し、診療からは長く離れていたため意外だったのですが、坐禅がただ自分の集中力を高めるだけでなく、他者とのコミュニケーションや支え合いに役立つのだと直感しました。
「マインドフルネス×診療」に手応えを感じるように
新しい治療法の論文を読むことが増え「マインドフルネス」という聞き慣れない単語を見かけるようになりました。
アメリカでマインドフルネスを治療に取り入れたパイオニア、ジョン・カバットジン博士の論文や本を読み、坐禅を柔軟に解釈したもので欧米諸国で流行しているのだとわかりました。私は、信仰する宗教に関わらず欧米諸国で流行していることに興味を覚え、両方を専門にしようと考えたんです。
現在は都内と横浜市内のクリニックで診療をしながら、林香寺では檀務や坐禅会などもしています。ここ数年でマインドフルネスを診療に活用することに手応えを感じるようになりました。
小さい頃から禅と身近に接し、人の心に関心をもったことが、現在マインドフルネスに関わるきっかけになったんですね。
そうですね。そこは根底にあったと思います。
私が小さい頃から、悩みを持った方や心のバランスを崩された方がお寺にいらしたことが人の心の動きに興味を持つ大きな要因になったと思います。
精神や心の悩みを持った方との距離が近かったんですね。
はい。幼少期から無邪気に生きてきた私ですが、年齢を重ねるにつれて、世の中には心の健康を失い、日々の暮らしを楽しむことができなくなってしまった方が大勢いらっしゃることを知りました。そうした経験を通して「どうすれば解決できるのか?」と学生時代から潜在的に感じていたのかもしれません。
マインドフルネスで深まる「自己効力感」
マインドフルネスを診療に用いることが増え、実際に鬱や不安、トラウマに悩まれている方々に対して手応えを感じていたとおっしゃっていましたね。
具体的にどういうところに手応えを感じられていたのでしょうか?
マインドフルネスを用いた治療をすると、患者さん自身の「心との向き合い方」に大きく変化が見られます。従来の薬物治療で症状が改善した患者さんの中には「薬物のおかげで症状が治った」と感じる方もいます。すると、逆に「薬物がなかったら症状を改善できなかった」と考えてしまうこともあります。
一方のマインドフルネスによる治療は、「セルフヘルプ」とも呼ばれ、「自分で自分を助ける」ことが特徴です。もちろん、治療では誰かに助けられることが多いですが、「自分で自分を手当てする」ということも大切なのです。
「自分で自分を助ける」ことは、自己受容を深めていくことに繋がります。精神医学では、自己受容を深める上で、自己効力感(セルフエフィカシー)が大切になります。人は、自己効力感が高い状態にあると、心と身体の在り方をコントロールできるようになります。その結果、多くの精神疾患の再発を防止するともいわれています。このセルフエフィカシーがしっかりと育つのがマインドフルネスの1つの特徴です。
マインドフルネスが、精神医学の当たり前を覆す
実は、精神医学では「終診」といって、患者さんと医師との合意によって治療がきちんと完結することはあまり多くはありません。ですが、マインドフルネスを用いて治療した患者の方にはこれが起きるんです。だから患者さんが「もう元気です!」などとおっしゃってくれたり、翌年に元気に顔を見せてくれたりするのがとても嬉しいです。マインドフルネスを治療に用いていなかった最初の6年ではなかったことなので、当時はとても驚きました。
マインドフルネスで自己効力感が上がると自分自身をコントロールできるようになり、病気の再発防止にまでつながるといわれているんですね。「自らで病気を乗り越える」というのが話のキーだなと思いました。
一方の薬物治療では、「薬を飲んだおかげで治った」という事実がセルフエフィカシーを高めることはなく、薬物依存につながってしまう可能性もあるんですね。
はい。中でも、依存には「精神依存」と「身体依存」の2つがあります。
身体依存は、ヘロインなどのあへん系麻薬によく見られる現象で、その物質の摂取を止めることで禁断症状が出るというものです。不眠、悪寒、震えなどの軽い症状から、錯乱、幻覚などの激しい症状まで様々です。このような禁断症状が見られた場合、その人は身体依存の状態になっていると考えるのです。
一方、精神依存は、心の中で自分が作り出す依存です。これはあらゆる薬物に当てはまり「この薬物を飲まないと不安だ」という気持ちから生まれます。例えばビタミン剤を飲むことが習慣の人は、ある日突然ビタミン剤を飲めない時があるだけで、そのことに気づいた瞬間不安になってしまうこともあります。患者さんの中に「薬があるからこそ自分の健康が保たれている」という思いが強いほど、精神依存が生じやすくなります。
では、マインドフルネスが依存にならないのはなぜでしょうか?なぜなら、マインドフルネスは生き方のスタンスだからです。マインドフルネスを本当に自分の中に落とし込んでいる方は、しっかりとした瞑想ができない時でも、心の安寧が保たれているものです。生き方のスタンスが一つ一つマインドフルで、丁寧になっていくのです。だから、時間を作ってあえて瞑想をしなくても、マインドフルな状態になっているわけです。もちろん、少し忘れたからといってすぐに効果がなくなることもありません。マインドフルネスの効果は一生涯続くものだと私たちは考えています。
マインドフルネスをするor教えるときに気をつけるべきことは?
上手くできなくてもOK。「自然に続ける」が大切
聞いてくださってる方の中には、マインドフルネスを(生徒さんに)教えている方もいらっしゃいます。
川野先生がマインドフルネスをお伝えするときに気をつけていらっしゃることはありますか?
一番大切なことは「続けること」、これだけです。
一見シンプルですが、実は想像以上にとても大切なことです。そしてこの「続けること」には上手にやらなくてもいいということを含んでいます。
最初からうまくマインドフルネスをできる人はほとんどいません。にもかかわらず、多くの人はうまくできているかどうかが気になってしまいます。ですが、うまくいかないことを体験しながら自然に続けていくことが、最初は何よりも重要です。だからスキルとして瞑想を学ぶのではなく、少しずつでいいので続ける、ということを伝えられると良いと思います。続けることができたら「雑念が出てきた時にはこうしよう」「こういう時にはこうした瞑想がいいよ」といったように、段階を踏みながらやり方を伝えられると良いですね。
何はともあれ「続けること」が一番ですね。
最初はできないことに悩んでしまいますが、できないことばかりに執着すると、本来実感できるはずのマインドフルネスの効果を得られなくなってしまいますからね。
良し悪しから離れ、“ほどほど”に考えよう
そうですね。また「できない」と考えてしまうと、ジャッジすることになってしまいます。これはマインドフルネスの大原則である「ノンジャッジメンタル(判別をしないこと)」という考え方と逆の考え方です。むしろ、うまく瞑想ができない時こそ、マインドフルネスを深めていくチャンスなんです。
他にも、「今日はすごく集中できた」とか「今日は良かったから明日からもこの調子でやろう」という良い方のジャッジも、プレッシャーになってしまい、あまり良いとは言えません。
私の場合は、毎日を良い日にしようと頑張るのではなく、どんな1日であっても毎日丁寧にマインドフルに生きよう、と考えています。
現象に対して、どれが良かったとか悪かったとか、無意識のうちに判断してしまいがちですもんでね。
はい。これまでは、ジャッジをして良し悪しを判断していくことで、文明が進化してきました。ですが現代は、ジャッジし過ぎてしまう社会だからこそ、「ジャッジしないこと」の重要性がどんどん増してきています。
ジャッジは、二者択一なものです。一方で人間の心には二者択一ではなく、グレーゾーンの「中道」があります。「ほどほど」を選択する権利が人間にはあります。中道というのはもともと仏教の言葉ですが、ただ「平均」や「真ん中」のことを言っているのではなく、ポジティブな考え方もネガティブな考え方も否定せず、様々な捉え方、考え方を受容する心の在り方を説いています。
そしてこの中道という「ほどほど」な考え方こそが、マインドフルネスの重要なポイントなのです。
川野先生との公開対談の記事は後編に続きます。
川野泰周さんプロフィール
1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業後、同大学病院精神・神経科、国立病院機構 久里浜医療センターで医師として診療に従事。2011年より建長寺にて3年半にわたる禅修行の後、2014年より横浜にある臨済宗建長寺派 林香寺の住職となる。
現在は檀務とともに、坐禅会を定期的に開催。伊藤忠商事、DeNA、荏原製作所などの国内大手企業で、ビジネスパーソン向けにマインドフルネス研修を担当。
NHKラジオ「ラジオ深夜便」をはじめ、メディア出演を通じたマインドフルネス普及に勢力的に取り組んでいる。
■川野氏オフィシャルサイト:https://thkawano.website/