目次
明晰夢とは何か?
夢を思いのままに操ることができたら、どんなに素晴らしいだろう。
恥ずかしながらそんなことを考えることがあります。
夢の中なら好きな芸能人とデートできるかもしれない。
ドラゴンボールの「精神と時の部屋※」のように、好きなだけ勉強やスポーツの練習をして一気に上達できるかもしれない。
※中に入るとたった1日で1年分の時間を過ごすことができる部屋
そんな「思いのままに操ることができる夢」は明晰夢と呼ばれます。
あなたも、このページにたどり着いたということは、そんな明晰夢の可能性に興味を持っているのだと思います。
そんなふうに、夢を思い通りに操ることなんて本当にできるのでしょうか。
今日は、心理学や脳科学の最先端の研究を紹介しながら、明晰夢の可能性について考えていきましょう。
記事の最後には、明晰夢のリスクや入り方についても紹介するので、ぜひ最後まで読んでみてください。
明晰夢は存在するか
まず最初に、明晰夢がほんとうに存在するのかについて考えていきましょう。
私は疑り深い性格なので、ブログやテレビで「私は明晰夢に入れます」と言っている人がいても、どうしても疑ってしまうんです。
そこで、いつも脳科学の研究をしている私が信頼のおける科学論文を徹底的に調べました。
今からその結果を共有しましょう。
まずは、私が個人的にもっとも衝撃を受けた研究から紹介させてください。
その論文は、2018年にNature Communications誌という超一流の科学誌に報告されたものです[1]。
この研究では自称「明晰夢を見られる人」を7名集めました。
果たして彼らは本当に明晰夢をみることができるのか。
それを確かめるために、研究者たちは彼らにこんな指示を出しました。
「今からこの場で寝てもらうから、明晰夢に入れたら目を左右に2往復動かしてください」
凄く単純な指示です。
もし彼らが明晰夢を本当にみられるなら、入眠後しばらくしたら眼球運動が計測されるはずです。
そのあいだ、自称「明晰夢を見られる人」の眼球運動の筋電図が計測されました。
結果はどうだったかというと、なんと7名中6名で、指示した通りの眼球運動が観測されました。
「明晰夢って本当にあるんだ」
と実感した瞬間でした。
もちろん、いくらこれが一流の科学誌だからといって盲信はできないのですが、
調べていくと他にも明晰夢の存在を示す論文が大量に出版されていることがわかりました。
とりあえず、明晰夢は存在する、これは間違いのない事実と言って良さそうです。
※ちなみにこの論文の真の目的は、明晰夢が存在することを確かめるためだけではなく、明晰夢のなかでの運動のメカニズムを検討するというものでした。長くなるのでここでは省きますが、興味がある人は論文を読んでみてください。
明晰夢の可能性
それでは、明晰夢をみられると何かいいことがあるのでしょうか。
驚くべき結論から言うと、精神と時の部屋のように夢の中で勉強や練習ができるということが研究で明らかにされているのです。
これに関する研究を2つ、簡単に紹介しましょう。
夢の中で練習するとスポーツが上手くなる?
まず一つ目は夢の中でスポーツの練習ができることを示唆した論文[2]。
2010年に報告された、40名の参加者を対象とした研究です。
この研究では「コップにうまくコインを投げ入れる」というシンプルな運動を訓練します。
参加者は20回コイン投げをした後に、以下のようなグループに分けられます。
①6分間ふつうに練習するグループ 10名
②何もしないグループ 10名
③明晰夢を見てその中で練習するグループ 20名
の3つです。
①の練習をしたグループでは、10人中8人でコイン投げの成功率が上がりました。
練習したので当たり前ですね。
②の何もしないグループでは、成功率はほとんど上がりませんでした。
これも練習していないのですから当然と言えます。
気になるのは③の明晰夢をみてその中で練習したグループ。
さっそく結果といきたいところですが、少し補足しておくことがあります。
明晰夢を見ろって言われても必ずうまくいくわけではありませんよね。
じっさい、明晰夢をみようとしてもうまく見ることができなかった人もいました。
明晰夢をみるのに成功した人は7名
失敗した人は13名でした。
明晰夢を見れると自称する人であっても必ず明晰夢を見られる訳ではないんですね。
そして、明晰夢を見るのに失敗した人たちは特に成績の向上は見られませんでした。
まあこれも当然かもしれません。
さて注目の、明晰夢を見るのに成功し夢の中でコイン投げを練習したグループではどうだったか。
なんと、7名中6人でコイントスの成功率が向上したのです。
この結果は驚異的な結果です。
夢の中で練習するなんてまさに夢物語が可能かもしれないことを示しているからです。
とはいえ、明晰夢での練習に成功したのが7名では少なくて信用できないと言う方もいるかもしれません。
そのご指摘はもっともです。
本当にこの方法に効果があるかを確かめるには、今後のさらなる実験が期待されます。
夢の中で勉強すると記憶に残る?
ここまで、明晰夢がスポーツの練習に利用できるかもしれないという話をしました。
次は、明晰夢が勉強にも使えるかもしれないということを示した研究を紹介します。
こちらは2010年にCurrent Biologyという超有名誌に報告された論文です[3]。
しかも、研究対象となった人数が99人と先ほどの研究よりも大幅に増えています。
これは期待ができそうですね。
研究者たちは
「勉強した後にそれに関する夢を見たら、勉強の内容が定着するんじゃね?」
と仮説を立てて実験を行いました。
それを検証するため、この研究は以下のような流れで行われました。
①迷路を解いてもらう
②昼寝をしてもらう
③もういちど同じ迷路を解いてもらう
という非常にシンプルなものです。
もし仮説が正しければ、昼寝中に迷路の夢をみた人は迷路の記憶が強く残り、迷路を解くのが早くなるだろうと考えられます。
実際の勉強と迷路はすこし違うかもしれませんが、学習が定着するという点では同じなのでそこはご勘弁を。
さっそく結果から申し上げましょう。
昼寝しても迷路に関する夢をみなかったグループは、迷路を解くのが30秒程度速くなりました。
つまり、30秒だけ成長した、ということです。
夢の中で復習できなくてもちょっとは成長したということですね。
ここからが気になるところです。
昼寝して迷路に関する夢をみることができたグループはもっと成長がみられたのかどうか。
こちらはなんと、平均して迷路を解くのが300秒以上速くなりました。
ちょっと衝撃的ではありませんか?
夢で勉強したことに関する夢を見ると10倍も大きく成長したということを意味しているのです。
まさに夢のような世界ですね。
この研究について少し補足しておくと、今回の夢は「明晰夢」でなくても大丈夫でした。
つまり、自分で夢を操れなくとも、「たまたま」勉強したことに関する夢を見ることができれば、記憶の定着が促されるんです。
しかも、その内容は迷路を解いている時の音楽だったり、そのときに考えていたことであっても大丈夫でした。
明確に夢の中で復習をしようとしなくとも、かなり効果的に記憶が定着するということを示しています。
興味深いですね。
もしかしたら「明晰夢関係ないじゃん」と思う方もいるかもしれませんが、そうとも限りません。
もし明晰夢を意図的に見ることができた場合に、意図的に勉強したことを思い出しさえすれば、そのことが記憶に10倍定着しやすくなるということを示唆しているからです。
明晰夢の無限の可能性を感じてしまいますね。
明晰夢のリスク
さて、ここで悲しいお知らせがあります。
何かというと、明晰夢には非常に大きなリスクがある、ということをお伝えしないといけません。
これだけ大きな可能性のある明晰夢です。
やはりうまい話だけではなさそうですね。
ネットで調べると、精神病になるとか、金縛りに合うとかいろいろな説がありますが、どれもオカルトっぽくてどうも信頼できません。
やはりここは論文を調べてみました。
2018年にFrontiers in Psychology誌から、明晰夢のリスクについて検討した研究が報告されています[4]。
この研究では187名を対象に、明晰夢を良く見る人とそうでない人を比較しました。
その結果、意図的に明晰夢をみようとすると以下のようにさまざまなリスクが高まることが統計的に明らかになりました。
・離人症
・健忘症
・統合失調症傾向
などなど、これら全てにおいて統計的に有意にリスクが高まることが示されています。
離人症とは、自分が自分でないような感じがしたり、現実感がなくなるような症状です。
健忘症とは、文字の通り記憶の障害です。うまく思い出したり、新しい記憶を作ったりできなくなります。
統合失調症は、いろいろな症状のある精神的な疾患です。たとえば妄想や幻覚、意欲の欠如などが現れます。
どれも非常に怖い症状ではありませんか?
記憶力が衰えたり、幻覚が見えてしまったり、あらゆることへのやる気がなくなってしまう可能性がある。
なぜ、明晰夢をみるとこのような症状が起きてしまうのでしょうか。
はっきりとした理由はわかりませんが、以下のような可能性が考えられます。
まず、明晰夢を見ているときには、前頭葉が強く活動していることが示されています[5]。
前頭葉はいわば「思考力」をつかさどる場所です。
だから、明晰夢を見ているときには思考を働かせることができるのでしょう。
しかし、これには重大な問題点があります。
前頭葉が活動すると疲れが取れなくなってしまう、という問題点です。
通常、寝ている時は前頭葉の活動がオフになることで、心身の疲労を回復するために「交感神経」をオフにすることになります。
ところが、明晰夢を見ているときには前頭葉が活動し続けます。
つまり、心身を休めるために交感神経をオフにできない、という状況を引き起こしている可能性があります。
そうなると、日頃のストレス等を上手く処理することができず、上記のような精神的な問題を抱えてしまうことにつながるのかもしれません。
という訳で、明晰夢には非常に大きな可能性がありながらも、同時に無視できない極めて大きなリスクがあることがわかりました。
明晰夢の入り方
これだけリスクがあるので、明晰夢を利用してみようという人はあまりいないでしょう。
そんな中恐縮ですが、簡単に明晰夢の入り方を調査した研究についても簡単に言及しておきましょう。
これに関しては、1980年に面白い研究が報告されています[6]。
この研究では、実験参加者はたった1名、しかもこの研究を始めた人自身が被験者をやっています。
彼は3年間、自分を対象にさまざまな方法を試しながら明晰夢に入る方法を探りました。
それをそのまま論文にまでしてしまうなんて面白いですよね。
さて、結論から言うと以下の方法が有効であることが示されました。
その方法とはMILD法です。
やり方を簡単に説明すると、
①早朝目が覚めたら10-15分ほど他のことをする
②再び寝に入り「夢を覚えておく」と自分に言い聞かせる
③夢を見ているときのように眼球運動をしながら、自分が夢を見ているところを想像する
これだけです。
これによって夢と現実の境目があいまいになってきて、夢を見ている最中にも現実感を持たせることができるのだそうです。
この著者は、何もしていない時期には月に数回しか明晰夢を見なかったそうですが、MILD法をやると月に20回以上明晰夢を見ることができるようになったと報告しています。
ちなみにこの方法は2017年に169名を対象とした研究でも有効性が示されています[7]。
とはいえ、リスクが大きい明晰夢ですので、やってみる際には必ず自己責任でやるようにしてください。
まとめ
という訳で、明晰夢の可能性やリスク、そして入り方についての研究を紹介してきました。
非常に大きな可能性がある一方で、極めて大きく無視できないリスクがあることもわかりました。
現状、明晰夢を利用することはあまり推奨されないという結論になるでしょうか。
今後このリスクを克服し、最大限に明晰夢の可能性が活用できる方法が発見される日が来ることを期待しましょう。
※本記事の内容は、執筆当時の学術論文などの情報から暫定的に解釈したものであり、特定の事実や効果を保証するものではありません。
引用文献
[1] LaBerge S, Baird B, Zimbardo PG. Smooth tracking of visual targets distinguishes lucid REM sleep dreaming and waking perception from imagination. Nat Commun. 2018 Aug 17;9(1):3298. doi: 10.1038/s41467-018-05547-0. PMID: 30120229; PMCID: PMC6098118.
[2] Erlacher, D., & Schredl, M. Practicing a motor task in a lucid dream enhances subsequent performance: A pilot study. Sport Psychologist, 2010, 24(2), 157–167.
[3] Wamsley EJ, Tucker M, Payne JD, Benavides JA, Stickgold R. Dreaming of a learning task is associated with enhanced sleep-dependent memory consolidation. Curr Biol. 2010 May 11;20(9):850-5. doi: 10.1016/j.cub.2010.03.027. Epub 2010 Apr 22. PMID: 20417102; PMCID: PMC2869395.
[4] Aviram L, Soffer-Dudek N. Lucid Dreaming: Intensity, But Not Frequency, Is Inversely Related to Psychopathology. Front Psychol. 2018 Mar 22;9:384. doi: 10.3389/fpsyg.2018.00384. PMID: 29623062; PMCID: PMC5875414.
[5] Filevich E, Dresler M, Brick TR, Kühn S. Metacognitive mechanisms underlying lucid dreaming. J Neurosci. 2015 Jan 21;35(3):1082-8. doi: 10.1523/JNEUROSCI.3342-14.2015. PMID: 25609624; PMCID: PMC6605529.
[6] La Berge, S. P. Lucid Dreaming as a Learnable Skill: A Case Study. Perceptual and Motor Skills, 1980, 51(3_suppl2), 1039–1042.
[7] Aspy, D. J., Delfabbro, P., Proeve, M., & Mohr, P. Reality testing and the mnemonic induction of lucid dreams: Findings from the national Australian lucid dream induction study. Dreaming, 2017, 27(3), 206–231.