睡眠と学習の関係とは


「睡眠は大事だ」とはよく聞きますが、なぜ大事なのでしょうか。

一方では、寝る間も惜しんで勉強をして志望大学に合格したなんて話も聞きますよね。

果たしてどちらが正しいのでしょうか。


最近では科学研究が進んできたため、睡眠はたっぷりとったほうが受験でも仕事でも良いなんてことを聞いたことがある人もいるかもしれません。

でも、その根拠となる実際の研究を知っている人は少ないと思います。


本日の記事では、睡眠は学習に本当に重要である、ということを示す3本の論文を順番に紹介していきます。

これを読むことで、なぜ睡眠が学習に重要だと言われるようになったのか、今までよりも深く理解できるようになるはずです。


1時間の昼寝で陳述記憶が定着


まず最初の論文は、2006年にNeurobiology of Learning and Memory誌という、学習と記憶の専門誌に報告されたものです[1]。


論文の著者らは、29名の大学生を集め、彼らに単語のペアを覚えてもらうという課題を行わせました。

具体的には、「時計 – 手」のようなペアを48ペア順番に暗記していきます。

これの定着度を検討したんですね。


ちなみに、このような意識できる記憶のことを陳述記憶といいます。

逆に、自転車に乗るような無意識の記憶は非陳述記憶となります。


そして、大学生がこれらの単語ペアを暗記し終わったら、内12名は1時間の昼寝をとります。

残りの大学生は、部屋で座って雑誌を読んだり映画を見たりしました。

この比較によって、昼寝が本当に暗記(特に陳述記憶)学習の定着に効果があるのかを検討しようと試みました。


早速結果を書くと、昼寝をとったグループの方が平均して2つ多くのペアを回答することに成功しました。

この差は統計的にも有意であることが確かめられており、従来から言われてきた「睡眠は学習の定着に重要である」説を裏付ける形になっています。


たった6分の昼寝で陳述記憶が定着


上の論文では、学習後に1時間の昼寝をとっていました。

しかし、1時間昼寝をとるというのは実際にはなかなか大変な場面も少なくありませんよね。


そこで2007年にJournal of Sleep Research誌に報告された論文では、6分間という短い昼寝でも同じように学習定着の効果が得られるのかどうかを検討しました[2]。


この実験では、18名の参加者に以下の3条件において陳述記憶課題を行わせています。


ちなみにこの論文での暗記課題は、30の単語リストを単純に覚えてもらい、後にリストに何が入っていたかを回答するというものです。

条件1:学習後に昼寝なし
条件2:学習後に6分程度昼寝
条件3:学習後に30分程度昼寝

の3条件です。


18名全員の参加者は、1週間おきにこれらすべての条件を実施しました。

結果、平均してどの程度回答に成功したかを以下にまとめます。

昼寝なし条件:6.86語
6分間昼寝条件:8.07語
30分間昼寝条件:9.21語

となっており、それぞれの差は全て統計的に有意でした。


このことから、たった6分間の昼寝を学習後に挟むだけでも、20%弱も陳述記憶の定着が促進されるのです。


100点満点の単語テストで例えれば、68点の人と80点の人とでは明らかに後者の方が受験に成功しそうですよね。

このぐらいの差が、学習後に少し昼寝するだけでも生まれることが示唆されました。


運動スキルの向上にも睡眠が関与


ここまではいわゆる陳述記憶といって、意識的に説明のつく記憶の話をしてきました。

しかし、実はそれだけでなく運動スキルのような言葉で説明するのが難しいことの学習(非陳述記憶)も、睡眠は促進してくれることが示されています。


2004年にあの一流科学誌Natureに報告された論文を紹介しましょう[3]。

この研究では、21名の参加者に手を指定された方向に伸ばすというシンプルな運動課題を学習してもらいました。


少し詳しく説明すると、手を伸ばすと言っても実際には仮想的な環境下での実験となっていて、自分が手を(物理的に)真っ直ぐ前に伸ばすと、その手は左右に一定の角度ずれて手が伸びていくようにみえるという細工がしてありました。


参加者はその角度のズレにうまく対応して手を伸ばすということを学習していきます。

少しわかりづらければ、参加者は新しい運動技能を学習したと捉えてもらえれば大丈夫です。


そして、21名のうち11名は、夜にこの技能を学習し、学習後はすぐに8時間程度の睡眠をとります。

その後、学習した運動課題を改めてどのぐらいうまくできるかテストします。


一方、残りの10名は夜ではなく、朝にこの技能を学習しました。

そして、その8時間後に改めて学習した運動技能をテストします。


どちらの方が学習がより良く定着していたのでしょうか。

お察しの通り、学習後すぐに睡眠を取ったグループの方が明確に技能の向上が見られました。


学習後起き続けていたグループではスコアの向上はほとんど見られなかった一方、睡眠をすぐにとったグループではエラーの割合が10%程度も減少していたのです。

なお、この記事では詳細は省きますが、このスコア向上には睡眠中にノンレム睡眠に特有のゆっくりした脳波が現れることが重要であることも同時に示されています。


睡眠と学習研究の未来


ここまでの研究論文で、睡眠は様々な学習の定着に重要であることが明らかになってきました。


さらに、脳科学の知見を利用して睡眠による学習の定着効率をさらに高めようという興味深い研究もいくつかあります。

この章ではそれらの研究について簡単に説明しておきましょう。


そのアイデアとは、睡眠中に「学習時と似た脳活動」を引き起こせれば学習がより定着するのではないか、というものです。


よくわからないと思うので具体例をあげましょう。

例えば2007年にScience誌に報告された研究[4]では、神経衰弱のような課題を参加者に行ってもらい、その空間的な配置を学習してもらいました。

この際に一つ工夫をしていて、学習はある香りのもとで行ってもらいます。


そして、学習後の睡眠中にその香りを与えます。

もちろん、実験参加者は寝ているので同じ香りが与えられているとは気付きません。


それにも関わらず、不思議なことに学習時と同じ香りを睡眠中に嗅いでいると、学習がより強く定着していたのだそうです。

これは、睡眠中に学習時と同じ香りを嗅ぐことで、学習時と似た脳活動を睡眠中に誘発できたからではないかと考えられます。


これはとても興味深い結果ではないでしょうか。

学習と睡眠を少し工夫するだけで、もしかしたら私たちの学習は圧倒的に効率よくなってしまう可能性があるのですね。


まとめ


学習と睡眠に関わる論文をいくつか紹介してきました。

これらを読むと、いかに睡眠が学習の定着に重要であるかがうかがえると思います。


この記事ではとても書き切れないぐらい、睡眠のメリットは非常に多いです。

世の中では「寝る間も惜しんで頑張る」ことが礼賛されることがあります。


しかし実際には、睡眠はしたいだけしても損はないぐらいに価値があります。

相対性理論を提唱したアインシュタインもロングスリーパーだったという話もあります。


皆さんも、ぜひ睡眠の大事さを軽視することなく、睡眠の質を高め、十分に睡眠を取る睡眠を始めてみてはいかがでしょうか。

※本記事の内容は、執筆当時の学術論文などの情報から暫定的に解釈したものであり、特定の事実や効果を保証するものではありません。

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参考文献

1. Tucker, M.A., Hirota, Y., Wamsley, E.J., Lau, H., Chaklader, A., and Fishbein, W. (2006). A daytime nap containing solely non-REM sleep enhances declarative but not procedural memory. Neurobiol. Learn. Mem. 86, 241–247.

2. Lahl, O., Wispel, C., Willigens, B., and Pietrowsky, R. (2008). An ultra short episode of sleep is sufficient to promote declarative memory performance. J. Sleep Res. 17, 3–10.

3. Huber, R., Ghilardi, M.F., Massimini, M., and Tononi, G. (2004). Local sleep and learning. Nature 430, 78–81.

4. Rasch, B., Büchel, C., Gais, S., and Born, J. (2007). Odor cues during slow-wave sleep prompt declarative memory consolidation. Science. 315, 1426–1429.