食欲の神経メカニズムとは


ダイエットをしているのにどうしても食欲が抑えられない
健康のために甘いものを我慢しているのに食べたくてたまらない
そんなことはありませんか?

でも中には、はたから見ていると特に努力している様子もないのに体型を維持しているように見える人もいます。
そういう人たちは、なぜ食欲を抑えられるのでしょうか。

今回の記事では、

 ・私たちの脳が食欲を感じるメカニズム
 ・どうすれば食欲を抑えられるようになるのか

について、実際の研究論文をみながら考えていきます。

これまで無意識にあなたが感じていた食欲の謎を理解することで、今までよりも冷静に自分の食欲を抑えられるようになるかもしれません。
また、食欲を抑えるための訓練を実践することで、あなたの食欲をコントロールし、今よりもスマートな体型になったり、より健康になり仕事の生産性を高めることもできるかもしれません。

それでは早速、最初のトピックである、食欲を感じるときの脳活動について考えていきます・

食欲を感じるときの脳活動


あなたが食欲を感じているとき、脳の中ではどんなことが起きているのか?
そのことを明らかにした論文が2009年にScience誌という、科学界でも最も権威ある雑誌に報告されました[1]。

その研究では、実験に参加した37名の健康な男女を、

・食欲を制御するのが得意な人
・食欲を制御するのが苦手な人

に分けました。


実験で何をやったかというと、以下のような非常にシンプルな実験でした。
彼らには、リンゴやチョコレートといった様々な画像を見せ、その間の脳活動をfMRIという脳スキャナーで計測しました。

その結果、興味深いことが明らかになりました。
やや複雑になっていきますが、ひとつひとつ丁寧に説明していきます。

まず第一に、彼らが「食べたい」と思ったときにはVMPFCという脳領域が活動していました。

VMPFCと言われてもよくわからないと思うのでざっくり説明していきましょう。
VMPFCとは英語でVentral Medial Prefrontal Cortexの略称です。
よりわかりづらくなりましたね。

日本語に直すと腹側内側前頭前野になります。
もっとわかりづらいかもしれませんね。

少し噛み砕くと、脳の前方にある前頭葉のなかでも、内側の下側のあたりを意味します。
ちょうどこの章の最初にある画像で赤くなっている場所がVMPFCです。

言葉の意味はわかったとして、大事なのはそこが何をする場所なのか、ということです。
知らないお店の住所を教えられても何も意味がないように、脳でも場所が分かっただけでは何も分かった気がしません。

ではVMPFCは何をしている場所かというと、価値判断を担う場所だと考えられています。
たとえばギャンブルで「賭けよう」と思うときのように、価値があるかないかを判断するときに活動するのがVMPFCです。

そして今回の研究結果は、「食べたい」という価値を感じるときにもVMPFCが活動することを示しているんですね。
それも明確に、めっちゃ食べたい!と思ったときには強くVMPFCが活動し、全然食べたくない・・・と思ったときには全然VMPFCが活動しない、ということが確認されました。

つまり、VMPFCが活動すればするほど「食べたい!」と私たちは強く感ているようです。

なるほど、食欲を感じるときにはVMPFCが活動しているということが分かりました。
でもこの論文が面白いのはここからでした。

食欲を抑えられる人のと抑えらえれない人の違い


食欲を感じるときの脳活動よりも知りたいのは、なぜ私は食欲を抑えられないのだろう?ということではないでしょうか。
食欲を抑えられる人と抑えられない人の違いこそ知りたい、もしそれがわかれば、食欲を抑えられるようになるかもしれません。

それを知るために、この論文では食欲を抑えられる人と抑えられない人の脳活動の違いを調べました。
その結果とても興味深い、普通に生活していても気付きにくいことが明らかになりました。

まず、食欲を抑えられる人も抑えられない人も、美味しいと思っているものに対しては同じように価値判断をつかさどるVMPFCが活動していました。
どういうことかというと「ダイエットとかしたことないんですけど・・・」というような、食欲を抑えるのに苦労しない人でも、おいしいものに対しては素直に価値を感じて「食べたい!」と思っているということです。
この点は、食欲を抑えられる人もそうでない人も大きな差は確認されませんでした。

では何が違ったか?
それは「健康なものをみたときの脳活動」でした。
つまり、食欲を抑えられる人は、健康だと思っているものに対しても、VMPFCが強い活動を示したのです。
どういうことかというと、食欲を抑えられる人は、健康的なものに対しても「食べたい!」と強く感じるということです。
逆に、おいしそうだけど健康に悪いものに対しては「食べたくない・・・」と感じているようです。

それでは食欲を抑えられない人はどうだったか予測が付きますか?
食欲を抑えられない人は、健康だと思っているものに対してはVMPFCがほとんど活動を示さなかったのです。


おいしそうだと思っているものに対してはとにかく「食べたい!」と思うのに対して、健康なものに対しては特に食べたいと感じることはない、というのが食欲を抑えられない人の特徴のようです。


整理すると

・食欲を抑えられる人は、おいしいものにも健康なものにも同じように「食べたい」と思う。
・食欲を抑えられない人は、おいしいものには「食べたい」と思うけど、健康なものは食べたいと思わない。

こういう違いが明らかになりました。

実際、脳活動だけでなく、主観的なアンケート結果も同じ結果が得られています。
おいしそうだし健康的なものに対しては、誰もが「食べたい」と答える。
しかし、おいしそうだけど健康に悪そうなものに対しては、食欲を抑えられる人は食べたいと思わない一方、食欲を抑えられない人はとても食べたいと答えることが分かりました。

ジャンクフードをみたときに食べたいと思うか思わないか、これが食欲を抑えられる人とそうでない人の違いなんですね。
ということは、健康なものに対する意識を高めることができれば、食欲を抑えられるようになる、ということなのかもしれませんね。

確かにスーパーモデルなどを見ていると、健康への意識が高い人が多いように感じます。

食欲を制御するときの脳活動


さて、ここまでは食欲を感じるときの脳活動について考えてきました。
でも、もっと知りたいことがありませんか?

それは「食欲を抑えるときの脳活動」です。
うまく私たちが食欲を抑えられるときにはどんなふうに脳が活動しているのでしょうか。
それがわかれば、食欲を抑えられるようになる方法もわかるかもしれません。

実は、この論文はこの点についても調査しています。
その結果、「食べたい」という判断をしなかったときは、「食べたい」と思った時よりもDLPFCという脳領域の活動が高いということが明らかになりました。
またDLPFCなんていうよくわからない用語が出てきてしまいましたが、簡単に説明していきましょう。

DLPFCは英語でDorsolateral Prefrontal Cortex
日本語で背外側前頭前野
の略となっていて、場所としては脳の前方にある前頭葉のなかでも上の方、目から上に10cmちょっとの場所でしょうか、その辺りに位置しています。

ここは何をしている場所かというと、あらゆる認知的な制御をおこなっている脳の社長のような場所です。
例えば、タバコを吸うのを我慢したり、ワーキングメモリという記憶課題をおこなったり、そういったとても人間に特徴的なこと、理性的な処理をつかさどっています。
人間が社会生活を営む上でとても大事な場所なんですが、ここが活動することで食欲を抑えることができるんですね。

この結果は2019年にNeuroimage誌に報告された別の研究[2]などでも裏付けられていて、DLPFCが活動することで「食欲を抑える」ことが可能になるというのは間違いなさそうです。

ちょっと話が込み入ってきて分かりづらくなってきた人もいるかもしれません。少し整理しておきましょう。
この論文で分かったことは

・食欲を感じるときには、価値判断をつかさどるVMPFCが活動する。
・食欲を抑えられる人は「おいしいもの」と「健康なもの」両方に対してVMPFCが活動し「食べたい」と感じる。
・食欲を抑えられない人は「おいしいもの」にはVMPFCが活動して食べたいと思うが、健康なものに対しては何も感じない。
・食欲をうまく抑えられるときにはDLPFCという、理性を司る脳領域が活動して食欲を抑える。

らしいということです。

たった1本の論文からこれだけさまざまな示唆があるというのは、さすが最も権威あるScience誌に掲載された論文といったところでしょうか。

ところで、もっと気になることがありませんか?
つまり、どうすれば食欲を抑えられるようになるのか、ということです。

この論文が言うことを参考にすると、以下のような仮説が思いつきます。
「DLPFCを鍛えれば食欲を抑えられるようになるんじゃないか」
ということです。

ここまでで、DLPFCが活動すればうまく食欲を抑えられるようになることが示されていました。
では、DLPFCを鍛えることができれば食欲を抑えられるようになるのではないでしょうか。

DLPFCを鍛えると食欲が抑えられるようになる可能性

実は、これを示した論文が2019年に報告されました[3]。
この論文ではニューロフィードバックという手法を使って、DLPFCの活動性を鍛えたらどうなるか検討しました。

ニューロフィードバックなんてよくわからないと思いますが、ニューロフィードバックとは、自分の脳の状態を画面に表示することで、自分の脳活動を自分でコントロールできるようになるという夢のような手法です。

普段は自分の脳活動なんてわかりませんよね?
でも、「あ、今DLPFC活動してる」とか「今は全然活動してないな」と画面でわかるようにすると、だんだんそれをコントロールできるようになるんです。

ちょっとイメージがつかないかもしれませんが、要するにDLPFCを鍛えよう、というのがこの論文の目的です。

38名の実験参加者がニューロフィードバックトレーニングを行ったところ、DLPFCの活動性を高めることに成功し、結果ハイカロリーな食べ物を食べるという選択をする傾向が低くなりました。
つまり食欲を抑えることに成功した、ということですね。

※興味深いことに、ニューロフィードバックの対象とする脳領域は、DLPFCであっても視覚野であっても、どちらも食欲を抑える効果があることが示されました。これは研究チームの仮説通りではなかったと思われますが、視覚野をニューロフィードバックで鍛えた場合もDLPFCの活動性が高まっていることが明らかになっています。このことから、視覚野をニューロフィードバックで鍛えると、同時にDLPFCも一緒にトレーニングされ、その結果食欲制御の能力が向上した、と考えられます。

なるほど、ニューロフィードバックでDLPFCを鍛えればあなたも思うがままに食欲を制御し、理想の体型になれるんですね!

・・・といわれても困ってしまいます。
ニューロフィードバックなんて簡単にできたら苦労はしません。

今回ニューロフィードバックで用いたfMRIという機材を買おうとすれば数億円もかかってしまいます。
もっと簡単にできる方法はないんでしょうか。

瞑想は食欲制御を向上するか


その有望な方法が、実は瞑想なんです。
いきなり非科学的な記事になった、と思う人もいるかもしれませんね。

でも瞑想はこの20年ぐらいで一気に科学的な研究が進み、今ではその効果に疑いはないと言えるレベルにまで検証が重ねられています。
その研究によって、瞑想にはDLPFCを鍛える効果があると考えられているんです。

非常に多くの研究で、瞑想はDLPFCの活動を高めたり、DLPFCを大きくしたりする効果があることが示されていますが、その中でも最も信頼のおけるメタ分析という手法の論文へのリンクを貼っておきます[4]。

これらの論文で、瞑想はDLPFCを鍛えることが示されているほか、瞑想によって集中力や感情制御の力が向上することも、メタ分析で示されています[5]。
「瞑想は食欲を抑える」ということに対する直接的な研究はまだ見当たらないのですが、検証をすれば十分にその効果が示される可能性は高いと考えてよいと思います。

そしてなにより、ニューロフィードバックと違って瞑想はとてもかんたんに取り入れることができます。
実は座ってじっとしているだけが瞑想ではなく、歩きながらでも、食事をしながらでも瞑想をすることはできます。

ちょっとイメージがつかない、という人は、ぜひRelookのアプリを試してみてください。
音声のガイドに従って簡単に瞑想とはどんなものか、掴めるようになるはずです。

最後は宣伝になってしまいますが、とても信頼のおけるアプリとなっていますので、一度軽い気持ちで試してみることをおすすめします。興味を持たれた方は是非下記のリンクを参照してみてください。

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まとめ


さて、長くなりましたが、この記事を読むと「食欲とはなにか?」「食欲を抑えるにはどうすればいいの?」ということが、この記事を読む前よりもだいぶ分かってきたのではないでしょうか。
それを行動に移すかんたんな方法が瞑想でした。

瞑想をすることでDLPFCが鍛えられます。
それによって、今より楽に食欲を抑えられるようになるかもしれません。
もっとスマートになれるかもしれません。
より健康になってサクサク仕事や勉強を進められるかもしれません。
ぜひ気軽にお試しください。


※本記事の内容は、執筆当時の学術論文などの情報から暫定的に解釈したものであり、特定の事実や効果を保証するものではありません。


関連記事:論文レポート:摂食障害に対するマインドフルネスの効果

引用文献

[1] Hare TA, Camerer CF, Rangel A. Self-control in decision-making involves modulation of the vmPFC valuation system. Science. 2009 May 1;324(5927):646-8. doi: 10.1126/science.1168450. PMID: 19407204.

[2] van Meer F, van der Laan LN, Eiben G, Lissner L, Wolters M, Rach S, Herrmann M, Erhard P, Molnar D, Orsi G, Viergever MA, Adan RAH, Smeets PAM; I.Family Consortium. Development and body mass inversely affect children’s brain activation in dorsolateral prefrontal cortex during food choice. Neuroimage. 2019 Nov 1;201:116016. doi: 10.1016/j.neuroimage.2019.116016. Epub 2019 Jul 13. PMID: 31310861.

[3] Kohl SH, Veit R, Spetter MS, Günther A, Rina A, Lührs M, Birbaumer N, Preissl H, Hallschmid M. Real-time fMRI neurofeedback training to improve eating behavior by self-regulation of the dorsolateral prefrontal cortex: A randomized controlled trial in overweight and obese subjects. Neuroimage. 2019 May 1;191:596-609. doi: 10.1016/j.neuroimage.2019.02.033. Epub 2019 Feb 21. PMID: 30798010.

[4] Fox KC, Nijeboer S, Dixon ML, Floman JL, Ellamil M, Rumak SP, Sedlmeier P, Christoff K. Is meditation associated with altered brain structure? A systematic review and meta-analysis of morphometric neuroimaging in meditation practitioners. Neurosci Biobehav Rev. 2014 Jun;43:48-73. doi: 10.1016/j.neubiorev.2014.03.016. Epub 2014 Apr 3. PMID: 24705269.

[5] Eberth, J., Sedlmeier, P. The Effects of Mindfulness Meditation: A Meta-Analysis. Mindfulness 3, 174–189 (2012). https://doi.org/10.1007/s12671-012-0101-x